長所の見つけかた
〜短所が多いことはラッキー?〜
人は自分の短所にばかり目が行ってしまうもの。
大胆不敵に見える人でも、人一倍コンプレックスに悩んでいたりするものです。
しかしその短所を裏返してみれば、意外と簡単に見つかるかもしれないものがわたしたちの長所です。
自分のやりたいことが見つからない。
好きなことが見つからない。
そう言ってため息をついている人に限って、自分の短所にはたいへん詳しかったりします。
心躍るような美しい花に囲まれた家。
そこに招き入れられたら、きっとこんなふうに思うでしょう。
「すてき!」
「こんな庭を眺めながらお茶でも飲みたいな」
その家の家主が現れたら、この感動を伝えたくなるはずです。
ところが家主はあなたがはしゃぐ姿を冷ややかな目で見ながらこう言うのです。
「いや、わたしはですね。
ここがもっといい庭になるはずだと常に思っているんですよ。
あなたみたいな楽天家にはここがいい庭に見えることでしょうが、わたしにはもっと高尚な悩みがあるのですよ。
その高尚な悩みというのはですね、この庭が欠点だらけだということです。
いや、まったく。
もううんざりしているのですよ」
自然に咲く花はそのままで十分美しいのです。
しかしわたしたちが、その花をさらに美しく見せようと策略を立てた途端、気負いの影に沈んでしまうことがあります。
〜長所は短所の裏返し〜
中国の易学でいうところの陰陽は、万物は陰と陽、ふたつの気から成るということをあらわしています。
わたしたちの長所と短所も、このふたつの相反する関係に当てはめてみることができます。
たとえば、内向的な性格は外交的な性格に比べて劣っているかのようなイメージを持たれていますが、このふたつはパワーの向きが違うだけであって、潜在している力には差がありません。
内面に向かうパワーは、深い洞察力を使う創作や芸術方面で力を発揮できますし、外面に向かうパワーは社交性や統率力として発揮されます。
どちらも人類の発達には必要とされてきたものですし、どちらが欠けても偏った社会になってしまいます。
もっと簡単に言えば、長所というものは短所の裏にぺったり張り付いているものなんです。
それを消し去ったり別の何かで埋めてしまおうなんてしなくても、ただちょっと裏返して見てみれば、それは自然の中に咲く花みたいに、そのままで十分美しい輝きを持っているかもしれないのです。
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