自分の内側からの選択(2)
●「大切なものを選択しよう」
さて、前回の宿題(http://www.mental-online.com/mo_posts/view/142)で何か気づかれたことはありましたか?
今回はそれを踏まえてのお話です。
〜ホームでの追いかけっこ〜
いつだったか、こんなことがありました。
次の電車を待つ人で埋め尽くされたホームでのことです。
私がその中に混じって電車を待っていると、二人の男性が足早にこちらに向かってきます。
先を行くのは50代くらいの男性で、20代前後の若い男性がぴったり後についています。
若い男性のおだやかでない声が周囲の空気を変え、こんなことを言っているのが聞こえました。
「待てよ、おい!」
「どこ行くんだよ」
「逃げんのかよ!」
先を行く男性はうつむき加減で足早に歩き、若い男性に追い立てられていました。
どうやら二人の間に何らかのトラブルが起きて、一矢報いようとむきになっている若い男性がホームの端から端までこの男性を追いかけ回しているようなのです。
逃げるといっても混雑したホームでのこと。
点在する人という人を避けながらでなければ進めません。
一歩進むごとに向きを変え凄い勢いで逃げるその様は、すばしこい小動物のようで、足の筋肉が悲鳴を上げているに違いないと思われました。
一方、追う側ももの凄い集中力でこれに続きます。
二人の距離は常に1mという一定の間隔を保ちながら延々と続きました。
その追いかけっこは当の二人の真剣さとは反対に、見るものに滑稽な印象を与えたのでした。
〜ある社員のプレッシャー〜
あるいはこんな人がいました。
その人は翌週の会議で自分のプロジェクトの報告をしなければなりませんでした。会議には直属の上司のほか、関連部署の管理職も同席することになっています。これまで経験したことのないプレッシャーです。
昼間会社にいるときだけでなく仕事を終えて帰宅したあとも、そのことが頭から離れず落ち着いていられません。
心配で気が立っているところに同僚のちょっとした悪ふざけが目に入り、それがきっかけでその同僚にきつく当たってしまいました。
発表のプレッシャーだけでなく、同僚への理不尽な行為で自分を責め始めたその人は逃げ出したい気分でいっぱいになります。
そのうちに日ごろの会社への不満が頭の中に充満し、今度は会社をやめるきっかけを探しはじめる始末です。
〜とらわれた心のワナ〜
私たちは気になることがあると、その問題にとらわれて他のことを考えられなくなるときがあります。
気にしても仕方がないと分かっていても、どうしても考えられないではいられないときがあります。
上記の例のようにひとつの問題に意識がとらわれてしまっている状態は、健康な状態とはいえません。
日常生活にはそれをやらなければ生きていけないことが山ほどあるのですから、次々に気持ちを切り替えていくことが必要です。腹が立って自分を見失っている状態や、プレッシャーで周りへの配慮を欠いた状態よりは、次々に意識の切り替えが出来たほうが心の健康を保てるのです。
私自身、ひとつ心配事がもちあがると、そのことばかりで頭をいっぱいにしてしまうことがよくありました。何度も何度も心配事を考えるうちに、心は傷つき体は疲労してしまうのでした。
心理学でいうところの意識の固着、いわゆるノイローゼという心理状態を知ってからは、この罠から少しずつ抜け出せることができるようになりました。
〜「とらわれること=悪いこと」ではない場合〜
一方、同じ問題に意識を集中することで類まれな能力を発揮する人もいます。
声が遅れて聞こえるなど世間をあっと言わせる技で有名になった腹話術のいっこく堂さんは、これまでの腹話術の常識をくつがえす技を独学で身に付けたといいます。
腹話術の入門書を何冊も読んだいっこく堂さんは、腹話術では発音不可能と言われるマ行などの音を発声できないかと、そのことにとらわれ始めます。
腹話術の歴史の中でこれまで誰も成しえなかったのですから、不可能と証明されているかのようなものです。
一見無駄とも思える挑戦を成功させて、見事にひとつの芸術に昇華させた例といえます。
〜「とらわれて良し、切り替えて良し」〜
要は自分にとって意味のあることとないことを区別することが大切なのです。
考えてもどうにもならないことで思い悩んで自分を傷つけるのは全く意味のないことです。一方、それが自分にとって大切なものであるのに、悩むのはよくないからと道端に放り出してしまっては生きることへの情熱を失ってしまいます。
先号で皆さんに出した宿題のように、思い悩むことで得られることと失うことを書きだしてみると気持ちの整理ができます。
得られることより失うことが多いようなら「なるようにしかならないさ」と口に出して気持ちを切り替えることです。
もし得られることが失うことより貴方にとって大切なものなら、思い切って踏み出してみればよいのです。
私自身、思い悩むばかりで前に進むことのできなかったころは多くのチャンスを無駄にしたという思いがあります。たとえ成功したとしても素直にその結果を喜ぶことができず、何か落とし穴があるんじゃないかと心配し続ける始末でした。
現実には存在しない怪物を、自分の人生の多くの時間を費やして創造し、恐れ逃げ惑う。
こんな無益なことがあるでしょうか?
悩んでも仕方のないことから気持ちを切り替えることができるようになると、いろいろといいことがあります。
たとえば、初対面の人が自分を嫌っているように感じたとします。
そのことにとらわれ過ぎると、その人が自分を嫌っていることが事実のように錯覚してしまうのです。すると次に会ったとき、自分の中の「この人は嫌い」という感覚が表情や動作に出てしまって、相手との友好的な関係が作れなくなってしまいます。
このことは逆の立場の自分を想像すれば容易に理解できると思います。誰も自分を好いてくれる人には気持ちよく接することができるものです。
心が健康でいると不思議と世の中が明るく見えるものです。
しかしそれにはちゃんとした理由があることが上記の例からも分かると思います。
あなたの見える世界は、あなたの内面を映した鏡でもあるのです。
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